1985年8月時刻表巻頭附録房総夏ダイヤ
1985年こと昭和60年はマツケンが社会人としてスタートを切った記念すべき年?
この年新幹線が従来の大宮駅から上野駅に
延伸されました。
夏休み期間房総地区の鉄道は最も輝いていた。まさに回想に値するように沢山の臨時特急や
海水浴目的の快速電車が走っていました。快速電車は外房線が[白い砂]内房線が[青い海]というネーミングでした。今回は白い砂号が走っていた外房線を回想します。
房総夏ダイヤ一番の特徴は前記快速電車の運転で下り4本、上り3本が外房線に設定されてました。1本は両国駅発着で2本は横須賀・逗子からロングランでした。当時週休2日制は普及途上で快速電車は日曜日に運転されていました。下りの快速は東京(両国)を6:00台~8:00台に出発し上りは11時台、14時台、16時台の各1本でした。土曜が休みでないからでしょうが、日帰りを想定していたようです。
一方特急電車も2本増発されていて1本は大船駅始発横浜、品川停車でまさに今の成田エクスプレスの運行ルートです。
この房総夏ダイヤは数年前に終了しておりますが、その名残らしき事例が1件今夏ありましたのでご紹介します。
大宮駅始発で武蔵野線経由快速[ブルーオシャン外房号]です。内房快速の青い海が横文字になり、当時全て自由席であったものが全車指定席で7月5日間限定、土日祝日運行です。停車駅も当時の[白い砂号]は一般快速の停車駅を踏襲していたのですが、このカタカナ快速は海浜幕張駅を出発すると御宿駅までノン・ストップです。
房総夏ダイヤが実施された時期、埼玉からは上越方面に海水浴列車[快速くじらなみ号]が運行されていましたが、房総同様現在では宴の後となっています。
埼玉からショートカットルートができ上越よりも行きやすくなったということでしょう。
埼玉は海がなく、埼玉県民なら海が見たいという思いは現在も引き継がれています。
千葉県民のマツケンは[白い砂]に何度か乗車してますが、目的は海水浴ではなく単に外出の際にたまたま来たので乗った、混んでいてできれば乗りたくなかったという思い出と房総夏ダイヤの晩年であったからか、海水浴の人ほとんど乗っていないという記憶です。
虫の良いことを言いますが無くなるとなんだか寂しく、マイヒストリーの1つと感じます。
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