満89歳、数え90は父(夫)が亡くなった年齢
旅の紙芝居サービスを開始してまもなく1年となります。母の米寿(満88歳)の記念に母が青春時代を過ごした地や母が若い頃交流のあった従兄妹たちを訪ね母の足取りを追った『旅の紙芝居・追憶マイヒストリー山梨の旅』を制作致しました。
この1年で当たり前ですが、母は1つ年を重ね満89歳数え90歳となります。この年齢は私の父(母の夫)が亡くなった年であり、母の誕生日は父の命日の4日後です。この1年で母に大きな変化がありましたので、皆様にお知らせ致します。
単刀直入に申し上げます、母の認知がかなり進みました。母の手元に思い出の写真アルバムが置いてあり、大きな写真はアルバムの後ろについているビニールの中に入れています。
その中の1枚に私が生まれる前の家族4人の記念写真があります。
父を指さしこの人は誰?と母に質問しても子供はおろか父さえ分からなくなってしまいました。。。
少し前までは父との結婚式の写真をホームの職員さんに見せて、優しい良いお父さんだったと話し、ほとんどの職員さんが父の名前を知っていたのですが、ついにこんな日が来たか・・・というのが
実感です。
一方で面白いのが母の20代の『最も輝かしい時代』の写真を見せ、この人誰?と質問すると
”わたし"とすばやい回答です。やはり良い思い出、楽しい思い出は記憶に残っているのですね。
母の今日この頃を見るにつけ、手前味噌ではありますが、『追憶・マイヒストリー山梨の旅』を
作成して良かったと感じています。
皆様もその日は突然やってくる可能性があるのではないでしょうか?
是非、家族の記憶や思いを繋ぐ『追憶・マイヒストリー』を作りませんか?
私事で恐縮ですが、ある市の新規事業に今、携わっています。私の提案した基準が採択されれば
私の中のレガシーとなります。記憶に残る事を少しでも実現したいと思う今日この頃です。
熟年老いやすく学成り難し BYマツケン
京成電車の初代冷房車であった3500系未更新車が明日(2月26日)引退します。
初めてこの電車に出会った少年時代銀色のステンレス車両は斬新でした。
冷房車が珍しかった時代この車両が来るとどんなにうれしかったことか・・・
今日はラッキーと思った先輩諸氏
いらっしゃいますよね?
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