外房線特急『わかしお』の誕生は1972年7月15日、今から50年と少し前。千葉県では『わかしお』の運転開始の翌年『若潮国体』が開催、市内で国体競技が開催、当時小学生であった私は学校の社会見学として国体競技を見に行った思い出があります。『若潮国体』の印象が強かったのでしょうか、『特急わかしお』は千葉国体にあわせて運航開始されたと思いこんでいました。1972年は房総半島部の『内房線』そして『外房線』が全線電化された年で念願の電車特急が、運転された記念の年でした。
『わかしお』号は72年から91年春までは
総武快速線経由で錦糸町や
千葉に停車して房総半島へ、
その後1991年に『成田エクスプレス』(NEX)が
運行されると京葉線経由に変更。
千葉経由の方が歴史が長いと思っていたら
実は京葉線経由の方が、
既に10年以上長期に。
現在の『わかしお号の行き先は
安房鴨川行、勝浦行、上総一ノ宮行の
3パターン。開業当時は全て安房鴨川行き
すべての『わかしお』が停車したのは、
錦糸町、千葉、茂原、上総一ノ宮、
勝浦の5駅だけ。
京葉線ルートになる前
現在の主要停車駅の1つである蘇我は
一本も『わかしお』号は停車しません。
『わかしお』現在の停車駅は、
ほぼ画一化され
『蘇我、大網、茂原、上総一ノ宮
太原、御宿、安房小湊』駅は
すべての『わかしお』号が停車。
特急運転開始直後は、
まだ急行列車が元気な時代。
『わかしお』号の通過駅は、
新宿や両国から運転された
『急行・外房』が補完してました。
『わかしお』号の停車駅に『行川アイランド』駅があります。久美子さんのような昭和のOLならば駅名を聞いて、あー遊びに行った事があると思いだすことでしょう。千葉県勝浦市にあった『フラミンゴショー』が有名であったテーマパーです。『行川アイランド』が閉園したのは、今から20年以上前、21世紀初頭の2001年、20年以上前なのに駅名は変更されていません。確かに駅名に該当する施設が無くなっても駅名はそのままというケースもありますが、この駅に関しては地域住民の愛着で存置ではなく、名称を変更するとお金がかかるという理由で変更が見送られてきたように感じます。駅周辺に大きな部落は無く開業時から駅の管理は『行川アイランド』に委託、まさにこの観光施設へ行く目的の駅でした。
現在『行川アイランド』駅に停車する『わかしお』号は、勝浦から先普通列車として運転される列車のみ。
『行川アイランド』跡地は
高級ホテル等のリゾート施設として
再開発の噂がありますが、
今日まで具体的な動きは無し。
新たな施設が開業すれば、
駅名変更の可能性もあります。
『行川アイランド』は地域の方にとっても
青春時代の思い出の地であったり
子供さんと共に過ごした楽しい場所で
あったと思いますが、今日地元から
あまり良い評判は聞こえてきません。
過疎化が進む房総では今日『キョン』が
大量発生し作物や庭先の花壇を荒らします。
事実がどうか定かではありませんが、
『行川アイランド』閉円時に
動物たちが逃げ出し、野生化して
繁殖したと言われています。
『行川アイランド』のコピーは、
今日のSDGsに繋がる
『地球の愛を感じにこないか』
動物の野生化、噂だけと思いたいのですが、
畑や花壇を荒らされないように
網で囲って防衛されている
住民の方がの苦労を思うと
住宅や畑に近づけない
良い方法は無いのかと思います。
今回は、ここまでとします。
ご高覧ありがとうございました!
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