20世紀末、1999年、昭和の名アナウンサー鈴木健二さんといっしょに北東北・津軽を旅しました。鈴木さんは、青森県立図書館長、県近代文学館館長に就任されてまだ日浅の頃です。当時私は、旅行会社に勤務。添乗員として同行しました。
記憶が少々あいまいですが、
青森県の記念行事として、
鈴木さんが同行し、
津軽を案内してくださるツアー。
確か、太宰の没後〇〇年?
うん、思い出した没後90年。
太宰の生家が、記念館に
なった年ではないかと思います。
私が東北旅行商品の
企画を担当しており
添乗員として白羽の矢が
立ちました。
その鈴木さんの
訃報が3月末にありました。
哀悼の意を込めて
情報の誤りが
あるかも知れませんが、
その時の思い出を
書いてみたいと思います。
鈴木さんは、私の親と同世代。お会いした際は、70代前半。アナウンサーを引退されてからそれなりの月日が経過していました。私が感じたのは、テレビに出ていたオーラーのある有名アナウンサーが目の前にいる。一方息子世代の私への接し方は、とってもぶっきらぼう。でも、その笑顔を拝見するだけで、親しみを覚えてしまう魅力的な方。還暦を過ぎた今日の私なら70代前半の方とは、人生の先輩として、気軽に接することもできますが、博学の著名人と30代前半の私では、まともな会話などできるはずもなく、ひたすら先生、先生と連呼し、旅行スケジュールの確認を進めるのが、精一杯の状況。唯一の救いは、鈴木さんのベストセラー「気くばりのすすめ」を読んでいたことです。
本当に私のバイブルであり、
大変役に立ちましたと
お伝えするとにっこりとし
うなずいてくれました。
そのセピア色した文庫本は
書棚に長らく入っていました。
その大事な本を手放したのは、
鈴木さんと東北をご一緒した
数年後の事。
当時、なかなか定職につけず
人生に迷っていた姪に
この本を読んでみてと
手渡しました。
鈴木さんの訃報が知らされた日の
新聞コラムの欄に当書籍の
文章が引用され
IT化が進んだ今日でも
その主張は、今日まで
全く色あせていないと
書かれておりもう一度、
読んでみたくなりましたが、
残念ながら私の手元には、
既にありません。
最後に鈴木さんとの旅の思い出を一つご紹介します。宿泊したホテルで、朝食を同じテーブルで二人で食べたこと。前日鈴木さんと夜の
打ち合わせをし、最後に鈴木さんから「おまえ朝7時におれを起こしてくれ」と頼まれました。朝、弱いのかなと思いながら翌日、鈴木さんの部屋をノックしました。すると鈴木さんは、お着替えをすまされ、大きな声で「おはよう、ありがとう」、朝飯に行くぞと話しかけてきました。私の親と同世代、一人で食事するのが、イヤみたいで、私を誘ってくれていたようです。何を話したか覚えてませんが、その際の先生の笑顔を鮮明に思い出します。長い間、お疲れさまでした。本当にありがとうございました!
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